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有性性

日本語と英語の大きな違いは有生性に敏感であるかどうかという点である。日本語は有生性に敏感な言語で英語は有生性よりも数に敏感な言語と言える。有生性に関して日本語に顕著なのは「存在」を表す「いる」と「ある」の区別であるが、それ以外にも多く有生性の違いで日英の違いが現れているものがたくさんある。最近、考えている違いに英語の前置詞 with がある。with は辞書では「同居」や「所有」や「道具」を表す前置詞として説明しているが基本は A with B とAと Bの togatherness を表してるだけで、それが文の中で「同居」とか「所有」という意味に変わるだけのことである。しかし日本語は有生性に敏感な言語なので英語では同じ with を使っているのに日本語では同じ表現で表すことができなくなっているのである。

(1)
a. He broke the window with a hammer.
b. He broke the window with his friend.

(2)
a. ハンマーで窓を壊した。
b. *友達で窓を壊した。
c. 友達と窓を壊した。

英語では (1a) の場合も (1b) の場合も with で表現するが日本語では有生性の違いで同じ表現形式で表すと片方が非文となる。無生の「ハンマー」の場合は道具を表す「で」で表現して有生の「友達」の場合は comitative の「と」で表さなくてはならない。

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by miyakmae | 2016-01-01 00:00 | 言語

形式意味論

形式意味論

(1)
a. John almost killed his neighbor.
b. ジョンはほとんど隣人を殺すところであった。

(1) の英文は曖昧である。 almost がどこにかかるかによって意味がすくなくとも次の3つはある。

(2)
a. ジョンは隣人を殺す寸前であったが何もしなかった。
b. ジョンはあやうく隣人をころしかけた。
c. ジョンは隣人を殺そうとしてほとんど隣人は死にかけた。

(2a) の解釈は almost が [John killed his neighbor] の命題の前にあり隣人の殺人まで近づいた場合である。 (2b) は almost が [killed his neighbor] の前にありジョンは何かをしたがそれが隣人の殺人遂行の手前で終わったことを意味する。 (2c) はジョンは確実に隣人を殺そうとして殺人行為を行ったがしぶとい隣人は死なないで危篤状態にある場合である。

法律なら (2a) は全く無実であろうし (2b) と (2c) では殺意があるかどうかで刑罰が異なってくるであろう。

言語学では (2) のような意味の曖昧性があるから (1) の almost のつかない命題を bipartite sentences で分析する。つまり John killed his neighbor. を

(3) [ S1 DO (x,[ S2 CAUSE (x [ S3 COME-ABOUT [ S4 NOT [ S5 ALIVE (y)]]])])] と表し、 (2a) (2b) (2c) をそれぞれ

(4)
a. ALMOST → [S1 DO (x, S2)]
b. ALMOST → [S2 CAUSE (x, S3)]
c. ALMOST → [S3 COME-ABOUT (S4)]

と表して曖昧性を排除する。

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by miyakmae | 2016-01-01 00:00 | 言語

帰納法

数学的帰納法という用語はどうして帰納法という表現を使うようになったのか不思議である。主に自然数におけるある命題の証明方法を数学的帰納法といっているが、実際は演繹法である。帰納法で証明することはできない。帰納法は未知のことがらについて、その判断が正しいかどうかを考えてある一般的な結論をおこなうことであるがその真理性は単なる蓋然的なもので定言命題ではなく確率命題を主張しているだけである。帰納の問題は確率の問題なのである。
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by miyakmae | 2016-01-01 00:00 | 哲学

二分枝構造

語彙構造や統語構造は binary branching 「二分枝構造」になっていると考えられている。「兄と妹」は「兄妹」と言えるが、「兄と妹と姉」は「*兄妹姉」というと非文となる。また「草と木」は「草木」といえるが、「草と木と花」は「*草木花」というと非文となるのは binary branching に反するからである。そうすると3つ以上の要素が結合することはできないのかというとそうでもない。構造保持の原理に基づけば3つ以上の要素が結合することは可能である、といっても結合のしかたは常に二分枝構造でつながるのである。たとえば unhappiness はまず最初に un- と happy とがつながり unhappy となり、つぎに unhappy と -ness がつながり unhappiness となったので結合のしかたは常に binary branching の原理に基づいてなされる。*兄妹姉が非文になるのは「兄妹」と「姉」とが binary に結合する場合、構造保持の原理が破られてしまうからである。「兄妹」という「二人の関係」が主要部の「姉」に対して階層的な選択要素になっていないから非文となる。構造保持の原理を破ると非文となるのである。しかし「兄と妹の関係」なら「兄妹関係」と文法的となる。「兄」と「妹」が結合して「兄妹」となり、これが階層的な選択要素となり主要部の「関係」に結合すれば「兄妹関係」と文法的な語が形成されるのである。
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by miyakmae | 2016-01-01 00:00 | 言語

主題役付与均一性仮説

UTAHはアメリカのモルモン教徒の多いユタ州の意味ではなく、言語学では意味役割と統語構造との関係を表す仮説の一つである、「θ役付与一様性の仮説」とか「主題役付与一様性仮説」と呼ばれるもので Baker (1988)が提案した一般仮説である。もともとは関係文法の Perlmutter and Postal (1984) の UAH (Universal Alignment Hypothesis) 「普遍的配列仮説」に依拠してそれを発達させた仮説で、項にみられる同一の意味役割(主題関係)は D構造で同一の構造関係により表示されるというものである。たとえば

(1)
a. The ice cream melted into mush.
b. Tom melted the ice cream into mush.

(1a) や (1b) の the ice cream は主題である。同じ主題であるなら D構造においては (1a) も (1b) も同じ統語構造であったとする仮説である。 (1a) の the ice はもともと (1b) の the ice cream と同じように目的語の位置にあったとするのである。といのは into mush という結果を表わす叙述は目的語が存在しなくては成り立たないのであるが (1a) は表面的には目的語がないにも関わらず into mush が the ice cream の結果を表わすことができるので (1a) は D構造では (1b) と同じく、

(2)
a. [Φ [melted the ice cream into mush]]
b. [The ice cream melted t into mush]]

(2a) の構造をしていたのが主語がないために (2b) のように主語位置に移動してきたと考えるのである。同じ意味役割をもつものは D構造では同じ統語構造を持っているという強力な仮説なのである。しかし心理動詞の分析などいろいろと問題を抱える考え方でもある。

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by miyakmae | 2016-01-01 00:00 | 言語

断定述語

that 節を補文ととる述語は大きく叙実述語と非叙実述語に分かれる。

(1)
a. I regret that I said so.
b. I believe that I said so.

(1a) は叙実述語で I said so. というのは事実であるが (1b) は非叙実述語で I said so. が真であるか偽であるかは元明していない。さらに非叙実述語は補文の命題を話者が断定しているかどうかで断定述語と非断定述語に2分される。

(2)
a. I said that I said so.
b. It is likely that I said so.

(2a) は補文を断定しているが (2b) は補文を言ったかどうかは言及していない。単純にその可能性があると述べているだけである。この断定性の違いは統語構造にも表れる。

(3)
a. I said so, I said.
b. *I said so, it is likely.

断定述語の場合は主節を移動して (3a) のように挿入的に述べることが可能であるが、非断定述語の場合は主節を移動して挿入的に述べると非文となる。また補文の中である要素を強調する話題化や場所句倒置などの操作も異なる。

(4)
a. I said that dogs I like.
b. *It is likely that dogs I like.

断定述語の場合は補文のある要素を強調して移動することが可能であるが、 (4b) のような非断定述語の場合は話題化や否定倒置や場所句倒置をかけると非文となる。最後に付加疑問文も断定述語の場合は補文の内容を付加疑問文化することが可能であるが、非断定述語の場合、補文を付加疑問文にすると非文となる。

(5)
a. I said that he likes cats, doesn't he?
b. *It is likely that he likes cats, doesn't he?

(5b) が非文となるのは補文が付加疑問文化されたからである。

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by miyakmae | 2016-01-01 00:00 | 言語

自他有対動詞

「開く」が自動詞で「開ける」が他動詞なのに「折る」が他動詞で「折れる」がなぜ自動詞なのかを考えている。-e- は他動詞辞でもあり、自動詞辞でもあるのであろうか。いったいどうなっているのかわからない。 自動詞や他動詞の接辞は基本は受動と使役の接辞の -rare と -sase が発展してできたものであろう。-e が自動詞でも他動詞でも使われるのは日本語の -rare が受動や可能や自発や尊敬を表すので「開く」に-rare の変形の -re がついて「開ける」となり可能から他動詞に変わったのであろうか。一方、「折る」はもともと他動詞だったものが -rare の変形の -re がついて受動か自発になり項を減らして自動詞になったのではないだろうか。どちらにしても古語の知識が全くないので調べようがない。
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by miyakmae | 2016-01-01 00:00 | 言語

may と can

蓋然性の1つを表す助動詞 may と理論的可能性を表す助動詞 can はそれぞれ「かもしれない」と「ありえる」にそれぞれ対応する。両方とも似ているが異なるのをどうも説明できていなかった。両方とも probability を表すのであるがどうも比較することができない別レベルの問題であるのがなぜそうなのか今一つ把握できていなかった。しかし may を factual ととらえて can を theoretical ととらえるとなんとなくしっくりくる。条件で表すと may を factual hypothesis で can を theoretical hypothesis として、

(1)
a. If he is here, I will talk to him.
b. If he be here, I will talk to him.

(2)
a. ここにいるなら話そう。
b. ここにいる可能性があるなら話す。

(1a) は事実指向なので実際にいる可能性は (1b) よりも高くなるのであろう。 (1b) はあくまでも理論上での仮定で現実にはどのような状況にあるのかは述べていない。たとえば、

(3)
a. His injury may be fatal.
b. His injury can be fatal.

(3a) の話者はかなり「怪我」のことを心配している様子がわかるが (3b) は「怪我」そのものが実際には起きていなくて「彼がケガをしたらそれによって死を招く可能性もある」と客観的に理論的仮定を述べているだけに違いない。このようなことは命題の蓋然性を表す方法にも表れてくる。 factual hypothesis は that 節をとる傾向があるであろうが、 theoretical hypothesis は to 不定詞節をとる傾向があるであろう。

(4)
a. Tom's disease may be fatal. = It is probable that Tom's disease is fatal.
b. Tom's disease can be fatal. = It is possible for Tom's disease to be fatal.

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by miyakmae | 2016-01-01 00:00 | 言語

that 節と引用格

英語の that 節を補文ととる文にはいろいろと種類がある。日本語と比べてみるとどのような that 節になっているのかすぐにわかる。
(1)
a. John believes that Tom is a genius.
b. John knows that Tom is a genius.
c. John is certain that Tom is a genius.
d. John is happy that Tom is a genius.
(1) を日本語にすると
(2)
a. ジョンはトムが天才だと信じている。
b. ジョンはトムが天才なのを知っている。
c. ジョンは確かにトムが天才であると信じている。
d. ジョンはトムが天才でうれしい。
普通、英語の that は日本語では (1a)のように引用格の「と」や「ように」に匹敵したり、 (1b)や(1c) の形式名詞の「の」や「こと」と並行的であったりする。形式名詞は純然たる名詞節であると考えられるが (1d) の that は名詞節を導く接続詞というよりは副詞節的である。これは日本語の引用格の「と」に似ている。引用格の「と」は名詞節を構成する補助要素というより副詞節を構成する補助要素的である。名詞節でない証拠に (2a) のように「と」の後に目的格を表す「を」を必要としない。さらに「と」には次のように従属副詞節のような働きがある。
(3)
a. ジョンはこんなことをしていてはいけないと、論文を書き始めた。
(3a) の「と」は明らかに副詞節的である。これと同じなのが (1d) の that であると思う。 (1d) は次のような従属節と同じである。
(4)
a. John is happy because Tom is a genius.

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by miyakmae | 2016-01-01 00:00 | 言語

that 節と格付与

動詞の後に続く that 節は一般に名詞節を導く接続詞と考えられているが、名詞節であることは正しいが、純然たる名詞ではない。というのも that 節は格を付与されてないのである。名詞句は一般に格を付与されないと非文となる。
(1)
a. We expected that John would arrive late.
b. That John would arrive late was expected.
c. It was expected that John would arrive late.
d. We expected John to arrive late.
e. John's late arrival was expected.
f. *It was expected John's late arrival.
(1f) が非文なのは受動態の be expected はその後の名詞句に格を付与する能力がなくなってしまっているからである。 (1f) が非文なのは John's late arrival に格が与えられなくなってしまって非文になっているが (1c) は文法的である。 that John would arrive late は was expected から格を付与される必要がないから (1c) は文法的なのである。これから that 節は格を付与されていないと考えるのが一般的である。
一般的に前置詞の of は格付与のために挿入されると考えられている。
(2)
a. Tom is sure of John's late arrival.
b. Tom is sure that John will arrive late.
c. *Tom is sure of that John will arrive late.
(2a) の of は is sure が純然たる動詞でないので John's late arrival に格を付与することができないために、非文になるのを避けるために of が挿入されると考えられている。しかし (2b) のように that John will arrive late は格付与される必要がないので問題ないが、 (2c) のように that John will arrive late に目的格を付与すると非文となってしまう。 (2c) が非文なのは格付与すべきでない名詞節に目的格を付与してしまっているから非文となったのである。
普通、動詞は直後に名詞句を置いて目的格を付与する。もしも別の語が介入していたら目的格を付与できないので非文になってしまうが、 that 節はそのような別の語が介入していても非文とはならない。この事実からも that 節は目的格を付与していないことがわかる。
(3)
a. Tom read the book quickly.
b. *Tom read quickly the book.
c. Tom carefully said that John was a genius.
d. Tom said carefully that John was a genius.
e. Tom mentioned that John was a genius.
f. Tom mentioned to Mary that John was a genius.
g. Tom mentioned the fact to Mary.
h. *Tom mentioned to Mary the fact.
(3b) や (3h) が非文なのは目的語にあたる名詞句に動詞が目的格を付与することができなかったからである。目的格の付与は動詞句の直接右隣に名詞句を置くことで可能となるが副詞や副詞句が動詞と名詞句の間に介入すると非文となってしまう。しかし that 節は目的格を付与する必要もなく、目的格を付与されると非文になってしまうから直接動詞の右横に置かれる必要はないのである。

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by miyakmae | 2016-01-01 00:00 | 言語


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